あたり前の結論。
「見かけではないが、初対面の時などは見かけで判断してしまうことも多い」
仕事の帰りに新横浜から「のぞみ」に乗った。
少しして、通路を隔てた隣の席のエリート風の紳士(大企業の課長とか温和な教授のような
風貌だった)が、1個当たりの大きさが通常の3倍はあろうかというような大きな餃子を
いきなりパクつき始めた。
思わず目を疑った。
よく見ると開き直っているかのようにも見えた。
紳士は名古屋で降りたが、その後しばらく車内は異様に臭かった。
そのことを家内に話すと「人は見かけによらんねぇ」との返事。
こういう仕事をしているから、多少は人を見る目があると思っていたが、急に自信がなくなってきた。
弊社の社長の小山は、「新幹線の通路を歩いて座っている人をざっと見ると、
年齢、職業、役職やキャリアが概ね分かる」と以前会議の時に話していた。
私はそこまでの自信はないが、そこそこ分かるつもりでいたのだが。
いいわけっぽくなるが、朝(行き)はわかっても、夜(帰り)はわかりにくいかもしれない。
皆リラックスしているから?
そんなことがあってから“人は見かけによる?よらない?”ということについて考え始めた。
“人はたいてい見かけ通り”とも言えそうだし、“一度話してみると、ずい分印象が変わった”
ということもある。
少なくとも一度は話してみないと、相手のことは分からないし、
何度か話しているうちにどんどん相手の魅力が伝わってくることも多い。
ただ、現状はその逆で、必要以上に見かけ(ビジュアル)
を気にする方が非常に増えている。
また、外観で判断してしまう人の方も多くなっているのではないかと感じる。
仕事をご一緒する機会の多い、ファッションの専門学校の講師の方が
「就職の際、成績や人間性よりも、ビジュアルで人をとるアパレル企業が多い」
「美人から先に就職が決まってしまう」と嘆いておられた。
アパレルに係わらず、昔からよく耳にする話しだ。
企業に入ってモデルをするわけではなく、仕事をするのだから何年かすれば化けの皮は
はがれてしまうかも知れない。
人物本位、実力重視で採用しないとその企業の実力もだんだん落ちていくのではないだろうか。
なぜ、こうも“見かけ”を重視するようになったのだろうか。
中身がわかりにくいから、せめて外見でということなのだろうか。
数年前に「人は見かけが9割」というようなタイトルの本を
見つけ、何と失礼な・・・と思いながら、売れていたようなのでついつい私も買ってしまった。
ただ、その本に何を書いていたのか、今、全く思い出せないでいる。
テーマ : これでいいのか日本
ジャンル : 政治・経済